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ヨロンの種特集日本のSUP界で活躍する荒木親子へインタビュー
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日本のSUP界で活躍する荒木親子へインタビュー

Reporter 池田かな

ライターが見つけた旬の話題を独自取材しました。

海が繋ぐ人と人

現在、ヨロン島内においても盛んなマリンレジャーSUP(Stand Up Paddle)は、ハワイ発祥のウォータースポーツです。2021年夏、沖縄本島国頭村からヨロン島までの約30キロを人力で渡る国内初の海峡縦断パドルレース“O2Y”(Okinawa to Yoron)が開催されます。今回、O2Yの主催者KANAKA沖縄・荒木汰久治さん(46)と息子さんである珠里くん(15)にSUP(Stand Up Paddle)やO2Yへの意気込みを聞きました。

「SUPは元々、“ビーチボーイズサーフィン”と呼ばれていて、手のひらで腹這いになって漕ぐパドルボードとカヌーが融合したものです。ハワイで誕生してからまだ10年も経っていないのですが、世界の“ウォーターマン”が集う、ハワイ州モロカイ島からオアフ島の海峡を渡る“M2O”(Molokai to Oahu)に競技として導入され、オリンピックの種目に加わる可能性もあります。SUPが、この短期間で一般の人へ飛躍的に裾野が広がったことには、軽量であり、空気を抜き入れすることにより収納が可能なインフレータブルSUPの開発によります。ヨロン島でSUPをするとなればフィールドは海ですが、都会では川、湖、釣りやヨガなどのフィットネスにも、様々な用途で使えることがSUPの魅力なのでしょう」

▲荒木珠里くんがSUP実演している様子

荒木汰久治さんは、カヌーやパドルボードの競技者としてM2Oへ毎年チャレンジしていたのですが、腰を酷使するスポーツであったため、職業病でヘルニアを患っていたとのこと。そんなときにSUPに出会い、立って漕ぐことによる景色の違いや体に負担が少なく、疲労も蓄積しにくいことにとても驚かされたそうです。36歳当時、競技人生の引退を考えていた汰久治さんですが、「SUPであれば、まだ競技者としてやっていけると思えました。また、軽量なインフレータブルの誕生で、息子をはじめ、両親にも海を体験させてあげられる、そしてSUPはオリンピック競技になる!」と確信を得ました。

ハワイを拠点に活動してきた汰久治さんだが、ハワイの伝統的な船「ホクレア号」でハワイから沖縄への航海をきっかけに、日本の沖縄でもトレーニングが出来ることに気づきました。沖縄に、「北極星を見ることによって島々を渡った」という内容のヌブイクドゥチという民謡があり、ハワイでの「海に生きる“ウォーターマン”」と沖縄の「海人(うみんちゅ)」の存在が重なったことも移住の大きなきっかけとなったそう。子育てのしやすい環境、文化があったからこそ、沖縄を拠点にすることになりました。

ヨロン島への出逢いは、汰久治さんがSUPを競技に取りいれ、沖縄から九州へ、各島々を海峡縦断した頃からです。O2Yが出来ると考えた理由の1つに、ヨロン島が南西諸島の中でも、南側にサンゴ礁のリーフが途切れている場所が多く、「南から人を受け入れる形」で地形の利があります。今後の開催成功となるカギは、「運営体制」。日本にはウォーターマン/海人が非常に少ない現状で、イベントを成功させるにはサポート体制の確立がとても重要です。

過去、ヨロン島と沖縄本島の間には国境があった中で、交流してきた文化があります。O2Yは単なるスポーツイベントではなく、長い歴史、その距離、さまざまなことを感じさせるイベントにしたいと話されました。Pacific Paddle Games世界選手権(USA)9-11ユース総合優勝経験のある、息子珠里くんは選手として、汰久治さんは運営側としての参加。海と共に生きる親子の挑戦がこれからはじまろうとしています。

※このインタビューは2021年4月に行ったものです。
年齢は取材当時のものです。

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