【はじめに】
2025年7月、ついにヨロン島の百合ヶ浜の玄関口である大金久地区に新しい観光施設「Muuru(ムール)」がオープンしました。ヨロンFunではこれまで建物が出来ていく様子を追ってきました。
その最後を飾る記事として、イタリア・ミラノを拠点にご活躍中のMuuruの建築デザイナー 大城 健作(おおしろ けんさく)さんにインタビューした内容を掲載します。
※インタビューは1年前の2024年7月に行ったものです。
Muuruは島の子どもたちにとっても、関わりの大きい場所となっていく予定です。
このインタビューには、当時与論高校3年生で建築の仕事に就きたいという夢を持っていた川畑 日藍子(かわばた からんこ)さんも呼んで一緒に話をしました。
ファシリテーター役を務めたのはヨロンFunの池田かなです。前編・後編の2回に分けてお送りします。
※前編を読んでいない方は→こちら
Fun: 前編では大城さんがイタリアに行かれた話を中心にお聞きしました。後編ではMuuruについて聞いていきたいと思います。
日藍子(からんこ)さんは、どうですか? ヨロン島に新しい建物が建つことに対して抵抗はないですか?
日藍子さん: 私はないです。全然ないです。
Fun: そうなんだ。
日藍子さん: 私の同級生は「ヨロン島には何もない。海しかない」って言うんです。だから、こういう建物が増えたら…なんとなく、いいよねって思います。面白いと思います。
Fun: うん。日藍子さんも感じてくれているように、Muuruが出来ることは「ヨロン島に新しい風景をつくること」だと思っています。とてもインパクトが強いことだと思っています。
大城さん: 僕は普段、ミラノで家具やプロダクトデザインを手掛けることが多いですが、今回はみなとラボさんに縁を頂きヨロンSCさんと出会い、STUDIO COCHI ARCHITECTS(スタジオ コチ アーキテクツ)の五十嵐さんに設計協力を頂く事で、このヨロン島で自身にとって初となる建築プロジェクトに挑戦しています。
プロジェクトがスタートしてからは「僕に出来ることは何か、この場所に建つべき建築とは何か」を日々考えてきました。初めてMuuruの建設予定地を訪れた時、日陰が全くなかった事もあり、生命の危険を覚える暑さを体験しました。まずは身を守るべきだ、日陰を作らないといけないと感じました。
Fun: ヨロンの日差しは強すぎますよね(笑)
大城さん: 日差しが強い、台風も来る。では、まずは身を守るシェルター的な建物にする必要がある。だからといって海の近くという立地条件なのに建物の中に人が閉じ込められてしまうのはすごくもったいない、同時に海を眺める事ができ、自然と繋がれる建築にしたいと考えました。
そしてヨロン島に誕生する新いランドマークとしてアイコニック(象徴的)であり、シンプルなコンセプトが純粋に建築として現れるようにしたい、そんな建築をイメージしました。
Fun: 具体的に言うと?
大城さん: Muuruの壁は地面からまっすぐ立ち上がり、途中で斜めに迫ってくるような傾斜がついています。
この角度や高さを何度も検証して、この建築の「重み」や「ボリューム」を身体的に感じられるように意図的に設計しています。建築との対話を生むためのデザインです。
壁がまっすぐ立ち上がる1、2階部分はシェルター的な機能としてショップやカフェ、観光案内所が入ります。さらに上がっていくにつれて、傾斜する壁の4隅は徐々に開放され、テラス階では完全に開放されて自然へと繋がっていきます。
美しい百合が浜を一望できるテラスは、景色も空気も温度も匂いも音も光も、ヨロンの自然を五感で感じられる場所なんです。
▼Muuruテラス(2025年7月オープン時撮影)
Fun: ここを訪れる人達にこういう存在であって欲しいというものはありますか?
大城さん: Muuruは快適すぎる建築ではないと思っています。人にとっての快適性を追求しすぎることはつまり、人間と自然との距離が離れていくということです。
Fun: 言われて気付きました。確かにそうですね。
大城さん: 新しく何かを作り出す時、それぞれに条件がありますよね。どのプロジェクトでもそうですが、一番大切な要素は何かを理解し、それをしっかりと描く事。そこにしかない価値を作るということを大切にしています。Muuruでは「ヨロン島らしい建築物を作りたい」という島の方々の想いを聞いていました。またMuuruを訪れた人が多様な体験から自然との繋がりを感じられる場所、そんな存在であってほしいなと思っています。
Fun: 都会では味わえない島の自然を感じて好きになってもらえたら、私たちも嬉しいです。
今の形に落ち着くまで何度か島を訪れ、オンラインなどでも島の人たちと対話を重ねられたと聞いています。大変だったと思います。
大城さん: 一番苦しかったのは、プロジェクトが始まってすぐにコロナ、戦争、円安など、自分たちではどうにもできない出来事が次々と起こり、予定通りにプロジェクトが進まなかったことでした。でも、だからこそ様々な状況に耐え臨機応変に対応してきた結果、Muuruに関わる人たちの繋がりが強くなりました。今はチームの一体感をとても感じています。
Fun: 島の関係者と大城さんの距離感の近さには私も驚きましたが、苦しみを一緒に乗り越えたことが大きいんでしょうね。
大城さん: 今までいろいろな仕事をしてきましたが、Muuruが一番苦しみましたね。
全員: (笑)
Fun: 長い時間ありがとうございました。最後に日藍子さん、話を聞いてどうでしたか?
日藍子さん: 大城さんはポジティブな気持ちで仕事をされているとすごく感じました。あの、学校の先生からよく「失敗は成功の元」と言われるんですけど、すごい仕事を何個も成功させていく前に、いろんな課題や覚悟をする段階があると思いますが、これまでに失敗をしたことや反省だなって思ったことはありますか?
大城さん: 最近はなくなりましたけどね。若い時はありましたよ。
Muuruを設計しているときもですが、何か生み出す時には、すでに存在する価値に引っ張られないように意識しています。例えば、一般的に正解と言われている方法を採用すれば安心ですが、創造性という部分においては守りの姿勢だとある種の壁は越えられない、と思っています。
日藍子さん: 守りの気持ちは失敗に繋がる?
大城さん: 日藍子さんの先生が仰るように、失敗は成功の元じゃないですけど、恐れずに挑戦することは大事だと思います。違うなと思えば次の方向に変えてもいいんです。批判を恐れずに、これまでになかったものを生み出すことは勇気がいることです。僕の仕事は、半歩を踏み出せる勇気があるかを問われる仕事だと思っています。今回僕が建築を手掛けているのもそういう部分があります。
日藍子さん: はい。
大城さん: 日藍子さんや島の子どもたちに伝えたいのは、今自分がいる場所や知っている世界の中だけで未来の選択をしなくても良いという事。
イタリアでは30歳近くまで大学を卒業しない人も多いんですよ。彼らはより成熟していた段階で社会に出て貢献するという考え方を持っています。学生時代は人生経験や知見を広げる特別な時間だけど、僕は大人になってからでも最終的に「これがいい」と思えるまで、色々な事を試して変化していけば良いと思います。
生涯勉強という事ですね。余裕を持って、頑張ってください。
日藍子さん: 今日は本当に勉強になりました。
Fun: 大城さんも日藍子さんも、ありがとうございました!
(おわります)
Muuru 住所:鹿児島県大島郡与論町古里10−7 URL:https://www.instagram.com/muuru_yoron/