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ヨロンの種特集日本初の海峡縦断レース O2Y開幕!
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日本初の海峡縦断レース O2Y開幕!

Reporter 池田かな

ライターが見つけた旬の話題を独自取材しました。

沖縄本島と与論島、約30kmの海の先へ、己の力で挑戦する

午前9時40分、沖縄本島国頭漁港から選手がスタートした。日本で初となる、海峡縦断レースの開幕である。沖縄から与論へSUP(スタンドアップパドル)で向かうO2Yは、構想15年、準備期間7年の末、ついに2021年7月2日念願が叶った。

選手たちがスタートする時間より40分ほど早く、ゴール地点である与論島供利旧桟橋では受け入れる準備が始まっていた。一般社団法人ヨロン島観光協会は同時LIVE配信をテレビで流し、与論町役場観光課や建設課は選手たちの休むテントの設営。前日より炊き出しの準備を行っていた1人である本園まさこさんは、「普段、修学旅行で炊き出しなど行っているので、慣れてはいました。今回、はじめてのイベントでワクワクしながらこの日を迎えました。ゴールしてくる姿が今か今かと待ち遠しい」と語った。
印象的だったのは、手伝いに集まったサーフィン連盟のメンバーが、海へ入り漂着物を回収していたことだ。梅雨明けに吹く南風、カーチバイは、選手たちへ追い風を運ぶ一方、多くの漂着物を運ぶ。「ゴールする与論島の海、少しでもきれいな状態で迎えたかった」そう語ったのは、サーフィン連盟代表の大内理事長。1人の行動が次へとつながり、やがてその場にいた多くの人が漂着物を回収し、その数はトラックの荷台1台分になった。ウィズコロナの体制での開催となった本大会。与論町内においてもイベントはかなり久しぶりの開催であり、成功させたい気持ちはみな同じなのだろう。

12時過ぎ、レースも終盤へと差し掛かっていた。徐々に観客が増え始め、供利港へと続くフェンスは多くの観客で埋まっていた。観客の1人、町内放送を聞いて応援に駆け付けた堀内さんは、「心楽しみに待っていました。こういうイベントを見られるのはすごく嬉しい。見えない海から与論までくることに感激しています」と語った。ゴール地点の沖には、地元漁師たちによる漁船4艇分もの安全監視が入った。沖に1艇のヨットが見え始め、ゴール地点はあわただしくなった。
「沖に1人、SUPに乗った人影が見えてきました!ゴールに近づいてきます!!」
島内でSUP専門のガイドを行っているSUPよろんの池田龍介さんが、会場ゴール地点のアナウンスを務める。来年はO2Yへの参加も目指しているそうだ。

レースが開始して2時間36分、最初にゴールしたのは、荒木珠里選手(15)であった。ゴール直後、珠里選手は今回のレースについて語ってくれた。「ほんとうにきつかった。風は吹いていたけれど、波があまり上がらなかった。ただ、乗れる波を乗り繋いで、体力をあまり使わずに行けたのが良かった。たくさんの人の協力があってこの大会が出来たことに本当に感謝しています。応援ありがとうございました」
続々と選手がゴールしていく中、飛び切り小柄な選手も見受けられた。西表島から参加した、最年少の水谷凛香選手(11)である。また、最後にゴールした選手は今回最高齢、SUP部門エントリーの畠山洋介選手(51)であった。ゴール地点で体をクールダウンしながら待ちつつ、ハイタッチやハグをして互いの健闘を称え合う姿、先にゴールした選手がボードを運んであげる姿、レースでゴールしてくる選手の姿は、駆け付けた多くの与論島民を勇気づけたに違いない。

レースが終了した約2時間後の15時、表彰式が開始された。挨拶を務めた久留副町長は、「ぜひ来年、沖縄復帰50周年となる記念すべき大会には、与論島からも1人は!エントリーして欲しいと思う。来年また、みなさんとお会いしたい」と語った。特別賞、SUP部門、PRONE部門の表彰があり、各選手、この大会への思いが語られ、次回大会への意気込みを語る選手も多かった。
主催者である荒木汰久治さんからは、念願であった本大会への思いが語られた。
「たくさんの寄付のおかげで賞金を出すという大きな目標も達成することが出来て本当にありがたい気持ちで、コロナ禍でこの場にいられない人、本当に多くの方の関わりがあって本大会を運営することが出来た。今回はやりたいことの半分がゴールで、“海を渡る“という本質の部分だけであった。来年は多くの共感者を集め、世界からの選手も迎えたい。そのために、海外の選手を迎え撃つ日本人選手の育成や、海外へ活躍できる日本人が育って欲しいと思う。恵まれた環境で育った子供たちが活躍できるように、オーシャンアスリートになって欲しいと願います。来年もみなさんが活躍できる場を、10本の指をつけて作り上げていきます」

2021年、O2Yは海況の都合で平日の金曜日の開催となったが、土日での開催となった日には、多くの与論島在住の子ども達がこのイベントを目にする日が来るだろう。コロナ禍で開催された本大会は、大会関係者、選手、多くの観覧者にとって、”前を向く”勇気を与えてくれた。沖縄県が日本へ返還され、北緯27度線で隔てられていた国境が無くなった今、2022は復帰50周年の節目を迎える。来年はより多くの与論島民が関わる大きな大会になるだろう。

O2Y URL:https://www.kanakaokinawa.org/

主催:KANAKA沖縄 O2Y
実行委員長:荒木汰久治

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