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ヨロンの種特集インタビュー『旅の島んちゅ×島の旅んちゅ』 原田隆義さん(会社員)
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インタビュー『旅の島んちゅ×島の旅んちゅ』
原田隆義さん(会社員)

Reporter ヨロンFun編集部

「ヨロン島で育った子どもはどんな大人になるんだろう?」 そんな疑問から始まったこの企画。島の外で暮らしている島んちゅにスポットを当てて話を聞いてみました。話を聞くのはヨロン島に移住した旅んちゅの池田かなです。

可能性の多い選択肢を選ぶ

8人目:原田隆義さん(会社員)

【原田隆義さんのプロフィール】Takayoshi Harata
ヤ-ナー(家名):ヤマ
1988年生まれ。姉が2人。与論中学校卒業後、鹿児島県立鶴丸高等学校→東京大学へ進学。大学院に進んだのち、三井物産株式会社に就職。2021年よりブラジル在住。2年間の研修を経て、食品に関わる仕事に携わっている。日本とブラジルを繋ぐ架け橋としてグローバルに活躍中。
※以下、敬称略

 

父親に教えてもらって一緒に素潜り。

かな: 今回の“旅の島んちゅ”は原田沙織さんから「ブラジル在住の弟を紹介します」とのことで原田隆義さんをご紹介頂きました。

隆義: よろしくお願いします。

かな: ブラジルは日本から見たら地球の裏側ですよね。こっちは金曜日の朝10時ですけど、そちらは今?

隆義: ちょうど半日前になります。木曜日の夜10時ですね。

かな: 夜遅い時間にすみません。

隆義: いえいえ。必ず朝と夜になっちゃうんで。

 

かな: さっそくお聞きしていきます。ヨロン島に住んでいた時はどんな子どもでしたか?

隆義: えー、沙織の上にも姉がいて、姉2人が水泳をやってたんで、私も小学校2年くらいからスポーツ少年団で水泳をやっていました。

かな: そうなんですね。

隆義: あと父親が巨人ファンで、私も野球が好きで小学校の休み時間とかは野球をしたかったんですけど、小学校はサッカー派が多かったんで、いつも校庭の取り合いをしてました。

かな: あはは。海には行きました?

隆義: 海は父親がよく連れてってくれました。小さい頃は浅い水辺で遊ぶくらいでしたけど、小学校高学年くらいになったら父親に教えてもらって一緒に素潜りしたりとかしてました。

▲子ども時代の隆義さん(中央)と姉2人

 

それを聞いて「なにくそ」というか。

かな: 中学卒業後、島を離れて鹿児島市内の高校へ行かれたんですよね。

隆義: はい。

かな: 早いうちから島外の高校へ行こうと?

隆義: いや全然。中学3年生になるまでは真剣に考えたことはありませんでした。

かな: そうなんですか?

隆義: 与論中学校の先生って鹿児島市内から転勤して来るじゃないですか。ヨロン島は中学校から高校まで中高一貫校で一般的な入試がなかったので、今はどうか分からないですが、当時は生徒に緊張感をもって勉強するように「市内の同じ年齢の子たちはもっと勉強してるんだぞ!」みたいなことをあえて言ってくださってて。

かな: あぁ、そういうこともあったかも。

隆義: なんていうんですかね、中学生の私はそれを聞いて「なにくそ」というか。

かな: なにくそ(笑)

隆義: それで力試しで県の中学3年生が受ける模試を受けて、第一志望に鶴丸高校を書いてみたら合格可能性50%という結果が出て、それで頑張れば行けるかもしれないって。

かな: おぉ!? ※鹿児島県外の方へ補足ですが、鶴丸高校は鹿児島県でトップクラスです。

隆義: ちょっと調子にのったというか、じゃあやってみようかと意識して勉強を。

かな: すごいなぁ。高校ではどんな生活を?

隆義: 下宿をしながら高校に通っていました。1階におじちゃんとおばちゃん、2階に学生が住んでて食事は作ってもらって下に食べに降りるみたいな。最初は高校に知り合いは全くいなくて、「ヨロン」っていう田舎から来たやつがいるらしいって。

かな: 噂になった?

隆義: いじめではないけど、いじられるみたいな。ヨロンって電気通ってるの? みたいな(笑)

かな: あはははは、通ってるよって!

隆義: 今考えれば大したことないんですけど、当時は高校1年生で親元離れて、最初の半年くらいは冗談でも辛かったり、仲の良かった島の同級生と一緒に与論高校に進めばよかったなって。

かな: うん。

隆義: でも、下宿の友達や、野球部の仲間も出来たり。今でも仲のいい仲間たちに出会えてよかったと思うんですけど、最初はやっぱり、ちょっと大変でしたね。

かな: そうですよねぇ、15歳で旅立ちとなると。

隆義: そう。何も考えずに出てきたんで。

かな: ご両親は島外に出ることには賛成だったんですか?

隆義: 父も母も誰も止める人はいなくて、「あんたがやりたいなら、やれるだけやってみなさい」っていう感じでサポートしてもらいました。

 

いろんな可能性があるところに。

▲野球に打ち込んだ鶴丸高校時代

かな: …で、大学なんですけど東大ですか!?

隆義: はい。

かな: 最初から東大を目指してたんですか?

隆義: 高校1年の時、担任の先生にどこを目指すのか聞かれて、ある大学の名前を何となく出したんですけど、そしたら「いや、お前はもっと上を目指せるから東大を目指しなさい」って。

かな: えぇ!

隆義: そのへんがやっぱ進学校なんでモチベーションをあげるのがうまいというか。それで何となく頭のどこかで、行けるなら挑戦してみたいなっていうのがあったんですけど、絶対東大って感じではなく。

かな: そっかぁ。どうやったら東大行けるのか私にはもう…(笑)

隆義: なんですけど、無事1回目は落ちまして。

かな: あら。

隆義: 福岡で予備校の寮に入って、1年間勉強して受かったっていう。高校の3年間は部活と両立で全力で勉強するっていうことはなかったんで逆にスタミナが残ってたというか。1回落ちてもまだ燃え尽きてなかったので、浪人中は1年だけ勉強に集中してやってみようって。寮や予備校では浪人仲間もけっこう出来て割と楽しく。

かな: 東大は何学部に?

隆義: 工学部ですね。

かな: 工学部に興味が?

隆義: えぇっと、ですね。常にそうなんですけど、選択肢が多い方がいいなって思っていて。

かな: へぇ?

隆義: 工学部の金属とか鉄とかの勉強をする学科に入ったんですけど、鉄って車にも建物にも何にでも使われるんで選択肢が多い。就職先がいっぱいあって、いろんな分野にいけるなって。

かな: なるほど、選択肢が多い方。

隆義: ここまでの話と同じなんですけど、絶対に鶴丸に、絶対に東大の工学部にと決めていたわけではなく、その先に色んな選択肢があるところに行きたいなって。その先のことはまた新しいステージで色々なものを見て決めればいいなと。

かな: うんうん。

隆義: 進んだ先に“可能性が多い選択肢”を選んでいるっていう感じです。

かな: それで大学院まで行かれたんですよね?

隆義: ちょっと複雑なんですけど、JAXAは分かりますか?

かな: あ、はい。宇宙の。

隆義: JAXAの先生が東大の先生もやっていて。学生としての籍は東大にあるんですけど、修士課程の2年間はJAXAの研究所に通って研究をしていました。

かな: へぇ!

隆義: ロケットのエンジンに使う金属の研究みたいなことをやってました。

かな: 楽しそう。

隆義: 日々やることは地味なんですが、それが宇宙に繋がるとなるとけっこう夢が。

かな: 夢がありますねぇ。

 

自分に向いているな、と。

▲ブラジル・アマゾン川でピラニアを釣りあげた時の写真

かな: 今の会社に勤めた経緯は?

隆義: 就職を考えていた時に、せっかくなのでいろんな会社の話を聞いてみようかなと思って。そうしたら商社の仕事がすごい楽しそうだな、海外で仕事するってかっこいいなと。

かな: うん。

隆義: 大学院まで勉強した内容をベースに研究職として突き詰めていくこともかっこいいんですけど、“海外”と“人を繋ぐ”っていうキーワードが自分に向いているなと思って、今の会社を選びました。

かな: 実際に海外の方と仕事をすることが多いんですか?

隆義: 部署によるんですけど、私は2014年に入社してから基本は海外のお客さんだったり、海外の自分の会社の人たちと何かをするという仕事をやってます。

かな: 海外勤務は今回が初めて?

隆義: うちの会社の研修制度の中に「いろんな国のスペシャリストを作る」っていう目的の、仕事をするだけじゃなくて言葉も文化も理解した人材を作るための2年間の研修があって。

かな: へぇ!

隆義: 最初の1年間は現地の語学学校でひたすら言葉の勉強を、次の1年間は仕事をしながらその国の慣習とかビジネスのやり方を学ぶという研修に応募して、2021年にブラジルに来ました。それで語学勉強が終わって、去年の6月からポルトガル語を使いながら仕事をしている状況です。

かな: へぇ、すごい…英語もありきですよね。

隆義: はい。

かな: ご結婚したのは日本にいた時?

隆義: そうですね、はい。

かな: ブラジル行きが決まった時、ご家族は?

隆義: 最初の1年間は家族を連れてくることを会社が許可していなくて、「勉強に集中しろ」っていうなかなかストイックな。2年目は家族を連れてきてもいいよっていう制度なんですけど、子どもが生まれたばっかりだったんで。

かな: ほぉぉぉ。

隆義: 妻は海外で暮らしたことはないし、初めての子育てで、ブラジルは危険っていうイメージもあるしコロナもあったので最初は難しいっていう話だったんですけど、私はもちろん来てほしくて。いろいろ私がブラジルのプレゼンをして。

かな: プレゼン(笑)

隆義: ブラジル大丈夫だと。日本人も多いし、子育てしてる日本人もいっぱいいるし。

かな: 来てくださいと。

隆義: どうにか納得して去年の10月から来てくれました。

かな: あー、良かったですね。私も子育て始まったばかりなので、奥さんの気持ちがすっごい分かるものの、やっぱり家族一緒がいいなと思うので、良かったですねぇ。

隆義: 良かったです(笑)

 

 

ヨロン島出身だから、できた。

かな: 最後にこれからの夢と、ヨロン島の子どもたちへメッセージをお願いできますか?

隆義: …そうですね。今、食品関係の仕事をしているんですけど、日本のいいものをブラジルに届けてブラジルの人たちの生活を豊かにするっていうのが夢というか目標でやりたいこと。

かな: すてきですね。

隆義: 子どもたちへ、ヨロン島の名前を知っている人でも「海がきれいな南の小さな島」というイメージくらいしかなくて。それで東大に行きましたっていうと、ヨロンなのにすごいねとか、ヨロンからよく頑張ったねとかって言われるんですけど。

かな: うん。

隆義: 別にヨロンってハンデでもなんでもなくて、ハンデを乗り越えて何かやったわけではないんですよね。生まれ育った場所って、その人のパーソナリティを作る上できっととても大事な要素だと思うんです。その人そのものというか。いま、島にいる子どもたちもこれから島外に出たとしても、ヨロン島出身であることに誇りと喜びを持っていてほしいです。

かな: うんうん。

隆義: 私はヨロン島出身だからここまで出来たと思っているんで、まだまだやれることはたくさんあるんですけど、子どもたちにもそういう気持ちで頑張ってほしいなと思います。

かな: ありがとうございます!

隆義: それから、このインタビューだから言うんじゃないですけど、私の夢として、いつかなんらかの形でヨロン島に貢献出来たらいいなと思ってます。

かな: おぉ!

隆義: 仕事なのか何なのか全く分からないけど、なにか恩返しをしたいなっていうのは常に頭の中に思っていることです。

かな: 嬉しいです。

隆義: って最後に書いたらかっこいいですよね?

かな: あはは。かっこいい、かっこいいです! ちゃんと書いておきます(笑)

(おわり)

※このインタビューは2023年1月に行ったものです。
※写真は原田隆義さんよりご提供頂きました。

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